トップ画:『百怪図巻』作者:佐脇嵩之 制作年代:1737年 現所蔵者=福岡市博物館(旧・吉川観方コレクション)

妖怪好きの方、妖怪に興味がある方、猫好きの方、
妖怪についてちょっと知りたい方などに読んでもらいたい!
化け猫の妖怪「猫又」とは?
猫又の伝承なども交え、詳しくご紹介します!
「猫又」とは
当サイト「ねこまたやブログ」のブログ名にもなっている「ねこまた」

「猫又」とは、化け猫の妖怪!
私は猫を飼っていませんが、猫を好きになり、猫動画に癒されています。
たまに、猫に会えるスポットを見つけて訪れています。
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看板猫がいる宿・野沢温泉「桐屋旅館」で猫&温泉に癒される
猫がいる神社「玉野御嶽神社」で人懐っこい猫に癒される
自由気ままな猫に憧れます。
モフモフで可愛らしい猫さん♪
気まぐれな一面もまた魅力♪
そんな可愛い猫にも、妖怪「猫又」の伝承があります。
化け猫の妖怪「猫又」

なぜ、「化け猫」とは言うが「化け犬」とは言わないのでしょう?
犬は「犬神」と呼ばれている。

猫はどこかミステリアス!
何を考えているのかわからない!
不思議な存在ゆえにでしょうか?
猫は長い年月を経ると、さまざまな怪異や害悪をなす「化け猫」になると信じられた。
そうした猫は尻尾の先が二股に裂けるとされ、「猫又」と呼ばれた。
「猫又」の伝承が各地に残されています。
猫又には2種類あるようです。
その1山猫型
山奥に棲む猫が猫又となり猛獣の山猫として恐れられたもの。
その2家猫型
家猫が年を経て化け猫になったもの。
山猫型の猫又
文献による言い伝え
藤原定家著「明月記」天福元年(1233年)八月二日
南部(奈良)に猫またという獣が出没して一夜に7.8人を食らい、死者が多く出て、獣の大きさは犬くらいであった。
吉田兼好著「徒然草」第八十九段 (1331年頃)
奥山に猫またといふものがあり、人を食ふなり
上記の2つが「山猫型」の猫又伝承の最も古い記述のようです。
紀伊國(和歌山県)熊野の山中で捕らえられた山猫(猫又)は猪ほどもある大きいものであったそうです。「新著聞集」(1749年)
江戸時代に刊行された随筆集「寓意草」には、射殺した山猫は頭から尾の先まで九尺五寸(約2.8m)ほどもあった。とあります。
現在の可愛らしい猫さんとは、印象が全く違っています。
恐ろしい山猫の伝承が様々な地域に残されています。
富山県にある「黒部峡谷」、
福島県会津の「猫魔が岳」にも猫又の伝承が残されています。
黒部峡谷の猫又伝説
その昔、富士山の神である「富士権現」に老猫が使えていた。
鎌倉時代のはじめ、源頼朝が富士の山麓で巻狩り(狩場を四方から取り巻き獣を追い詰めて捕らえる狩り)をした時、猫又もほかの獣と一緒に狩り出され、追い詰められて軍兵を食い殺して逃げ回った。
主人の富士権現に「なんじのような血に汚れた猫は、片時も置くことはできない」と怒られて、永年棲み慣れた富士を追放された猫又が、たどり着いたのが黒部峡谷であった。
毛勝三山は富山県の山岳群。毛勝山、釜谷山、猫又山で構成されている。

この猫又が棲んでいた山は「猫又山」と呼ばれた。
山には、「猫の踊り場」という所があるらしい。
月のよい晩などには、どこからともなく猫たちが集まってきて、立ち姿で踊り始めるのだとか。
↑黒部峡谷鉄道「猫又駅」
日本一のV字峡谷の大自然の中を走る「黒部峡谷トロッコ電車」には、「猫又駅」があります。
家猫型の猫又
江戸時代の猫又というと、家猫が年を経て化け猫になったものであった。
山に棲む猫又は、家猫の化けたものが山に移り棲んだものという説もあるようです。

年老いた猫はしゃべるようになる!
という伝説もあるようです!
「耳袋」第四巻 根岸鎮衛 平凡社
「寛政七年(一七九五)の春に、牛込山臥町(東京都新宿区山吹町)のある寺院に、秘かに飼われていた猫がいた。
猫は庭に降りてきた鳩が遊んでいるところを伺っていた。
これを見た寺の和尚は(猫に捕らえられてはいけないと)鳩を追い払ったところ、猫は「残念なり」と言った。」
「数年以上も生きていれば、全て物を言うようになる。(中略)狐と交わって生まれた猫はその年齢にいたらずとも物を言うようになる」
三味線を弾く猫又

記事のトップの写真、上の写真でも、「百鬼図巻」「『化物づくし」などに描かれる猫又は、着物姿の猫が三味線を弾いています。
三味線は永禄年間に琉球(沖縄)から泉州堺(大阪府堺市)に伝来した蛇皮を張ったものが起源。江戸時代になると猫の皮を張った。
オスよりメスの皮が良いともいわれたようです。
絵巻の猫もメス猫なのでしょうか?
三味線を弾く姿もどこか悲し気にも見えます。
浮世絵にも描かれた「猫又」
江戸時代に流行の「浮世絵」。
猫好きで知られる「歌川国芳」も多くの猫を描いています。
歌川国芳の描いた猫たち
「七小町雨ごい小町」
国芳が描く美人画に登場する猫は、美人を引き立てる脇役ではありません!
主役の美人をも食ってしまうほどの存在です!
猫の仕草など、とっても生き生きと描かれています。
猫への愛情がすごいです!

はじめは、寺院で秘かに飼われていた猫。
江戸時代には、武家や商家でも飼われるようになりました。
尾が蛇のように長い猫は、化けるという俗信から、尾を切る風習も生まれた。
現在の純血の日本猫に尾の短いものが多いのも、尾が長いものが嫌われてそうなったという説があるようです。
上の写真「歌川国芳」の浮世絵の江戸猫も、尻尾が短い。
「其のまま地口猫飼好五十三疋(上)」

↑猫の生態を東海道中五十三次の宿名の語呂合わせで表した「其のまま地口猫飼好五十三疋」上
真ん中あたりで手ぬぐいを被って踊る猫がいます!
「三島」の猫は尻尾が二股に分かれた「猫又」!
「荷宝蔵壁のむだ書き」

↑「荷宝蔵壁のむだ書」は、土蔵の壁にくぎで引っ書いた落書きをそのまま浮世絵に持ち込んだ作品。
真ん中に描かれたユーモラスな「猫又」!
あえて、「へたうま」?に描かれていてとってもチャーミングな猫又!
「五十三駅 岡崎」

↑「五十三駅 岡崎」
こちらの猫又は恐ろしそうです。
かなり悪そうな猫!
東海道五十三次の岡崎宿で化け猫に出会う場面。
十二単を着ているものも、化け猫。
老婆の化け猫がお歯黒をつけています。
御簾を破って大猫が顔を出しています。
手前の猫又が頭に手拭いを被って陽気に踊っています♪
まとめ
猫又とは、年老いた猫の尻尾が二股に分かれ、化けて猫又という妖怪になったもの。
日本の伝承や古典、文献などにも、猫又の存在が残されていました。
猫又には、山奥に棲む猫が猫又となり猛獣の山猫として恐れられたものと、家猫が年を経て化け猫になったものの2種類がありました。
「耳袋」第四巻 根岸鎮衛 でも猫がしゃべる場面が登場します!
もし、自分が猫を飼っていて長年一緒に過ごしてきた猫にさよならする時が来たなら、猫又にでもなってもいいから、そばにいてほしいと願ってしまいます。
そして、猫又とおしゃべりしたいものです。




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